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Photo by Whisk

サバ神の正体

 十二月も中旬を過ぎた頃には、SNSに『サバラッキ』が溢れかえっていた。

 エックス、インスタ、ティックトック、どこを見ても、サバラッキのハッシュタグが付いた投稿が目に留まり、色々な種類の鯖の画像も出回っていた。この鯖画像の方があっちの鯖画像よりもラッキーになれる、いやこっちの方がもっとラッキーになれる、といった具合だ。タツオらがサッカー部の後輩に教えたこともあって、彼らの周りでもサバラッキ信者が増え、青嵐高校生の中でも逆にやったことのない人間を探す方が難しいくらい、誰もがその『幸運を運んでくる言葉』に夢中になっていた。そうなると面白くなくなるのが、誰よりも先にそれをやり出した四人だ。

 

「なあ、サバ神」

 練習終わりの部室で、ベンチに腰かけてスマホを見ていたハッスンがタツオに言った。

「お前、こすりすぎ」

「いいじゃん、神なんだから。なあ、サバ神」

「あん?」

「みんながやりだしたら、俺らのラッキーが減っちゃうよな」

「俺たちが最初にやり出したのにな……」

 タツオは寂しげにそう言うと、部室の外の暗闇で、一台のスマホに集まる一年達に目をやった。

 元々は、ヨシミチの投稿が真田リリから「いいね」され、フォローされた、たったそれだけのことだった。ところがそれがヨシミチを喜ばせ、結果としてヨシミチの生活態度を一変させた。ヨシミチは放課後の練習により集中して取り組むようになり、その姿を見たコンチやハッスン、タツオも感化された。彼らの気迫や熱意は次第に周りを巻き込み、停滞していたチームの雰囲気を活気づけた。その結果、強豪相手の練習試合にも勝てるようになった。完封試合も増えた。ようやくチームが上手く回り始めたのだ。それなのに、一年の態度だ。一年はサバラッキに夢中になるばかりで、練習に身が入っていなかった。

 溜息をつくタツオの背後でコンチが言った。

「ねえ、これ見てよ」

 コンチが差し出したスマホには、食べた鯖の数を報告する投稿が表示されていた。

「こいつ、七十七匹食べたらしい。みんな大体、七匹とかなのに、こいつ異次元すぎる」

 コンチは笑っていたが、ヨシミチは笑わなかった。最近の投稿では、食べた鯖の数を競い出す者が現れたせいで、もう何が何だか分からなくなっていたからだ。

「もうなんか競争になってるもんね」

 ヨシミチはそう言うと、汗でぐっしょりと濡れた練習着をそのままボストンバッグに押し込んだ。

 

 

 それからまたしばらく経って、もうすぐ二学期も終わろうかというある日、ヨシミチが居間で勉強していると、仕事から帰った母が言った。

「遅くなってごめんね、今から作るから」

「鯖買ってきた?」

 ヨシミチが言うと、母は忙しそうに夕食の準備をしながら言った。

「なかったから今日は牛丼」

「この前もじゃない?」

「そうなの。最近、鯖売ってないのよ。何かあったのかなあ?」

 タツオの鯖神事件以来、ヨシミチは鯖が食べたくて母に鯖の夕食を頼んでいた。しかしここ数日は鮮魚コーナーの鯖はもちろん、鯖缶も商品棚から消えていた。スーパーで鯖が品切れになる理由なんて、サバラッキ以外に考えられない。ヨシミチは、台所から聞こえてくる包丁の音を聞きながら、皆はどれだけラッキーが欲しいのだろうと思った。

 

 

「令和のサバ騒動だってよ、おもろ」

 ファミレスでの食事中、タツオは真顔でそう言った。

 部活終わりの午後三時。鉄板の上にはコーンとブロッコリーが残り、追加で頼んだポテトもテーブルの上で冷たくなっていた。

 タツオらはテーブルの上に置かれたスマホから流れるニュースを見ていた。

「つまり、サバラッキは『鯖の売れ残り』を指す魚屋用語だったってこと?」

 コンチが言った。

「そうみたいね。元々は、売れ残ったサバは運が悪いって意味みたい」

 ヨシミチが言った。

「運が悪いって逆じゃん。俺らアンラッキーを願ってたってこと?」

 ハッスンが言った。

 騒動のからくりはこうだ――最初の『サバラッキ』投稿は魚屋のアカウントで、売れ残った鯖を安値で売る広告だったようだ。ところがそれを買った客が、鯖が思いのほか安かったために、サバラッキとかけてラッキーと言い出した。そこから自分も幸運にあやかりたい無関係のユーザーがサバラッキ投稿をやり始めた。すると本当にラッキーな出来事が起きたユーザーが幸運報告をし始めた。その結果、SNS上では「ラッキーになった」という投稿ばかりが目立つようになった、とそういうことだ。

「なんだよ、ただの勘違いかよ」

 ハッスンは笑った。

「運は関係ない。俺たちは弱かったから負けたってことか」

 コンチが言うと、

「でも豊高相手でもいい形で点取れてたし、やればできるんだよ」

 ヨシミチが言った。

「だね。俺らに足りなかったのは運じゃない。自信だよ」

「そうだな。でもサバラッキにはやられたな。これいまだに信じてるやつ馬鹿だろ?」

 タツオがそう言った時だった。

 ヨシミチのスマホがぴこんと鳴った。なんだろうと思って見ると、それは母からの連絡だった。

 

「あんた最近アマゾンで買い物した?」

「してないよ」

「身に覚えのないクレカの支払い請求が来てるんだけど、ちょっと確認してくれる?」

「マサミチじゃないの?」

「聞いたら、知らないって」

 メッセージの最後にはカード明細のスクリーンショットが添付されている。

 

『ご利用通知

 ご利用店舗 Amazon

 ご利用金額 35000円

 ご利用日時 2025年12月21日 11:36』

 

「35000円ってなに?」

 ヨシミチが言うと、タツオがスマホを覗き込んだ。

「アマゾンの注文履歴みてみろよ」

「あ、そっか」

 ヨシミチがアマゾンの注文履歴を確認すると、そこには、

『【訳あり】冷凍塩サバ2キロ 10コ 35000円』

 とあった。

「サバ?」とタツオ。

「サバ2キロってなに?」

 ヨシミチがタツオを見ると、タツオの真顔が見る見るうちに崩れていった。

「これマサミチだろ! あいつ、どんだけサバ好きなんだよ!」

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