
Photo by Whisk
これがわたし
わたしにはおじちゃんが二人いる。
叔父ちゃんと伯父ちゃんだ。そして二人は仲が悪い。
どうしてそんなに仲が悪いのかは知らないけれど、お父さんが言うには昔からそうらしい。
叔父ちゃんは言う――物事にはぜんぶ理由があるんだ。理由がない物事なんてやるに値しない。たとえば、ハナちゃんは毎日歯をみがくだろ? あれ毎日みがかなきゃいけないんか? なんで毎日みがくんだ? 酒のつまみだって、あれ本当に必要か? いつも頼んでるからって、惰性で頼んでないか? なんでそれをやるか、それが分かってないと、人間、どんどん道を見失うよ。
でも伯父ちゃんはこう言う――くだらねえ。物事に理由なんかいらねえんだ。歯みがかなきゃ虫歯になっちまうだろ? そうやって親に教わったんだろ? それでいいじゃねえか。つまみだって、酒飲むのにつまみがなきゃ始まんねえだろ? あいつはバカだ。あいつの言うことなんか気にするな。
そしてわたしは今、選択を迫られている。
目の前にはいちごのホールケーキ。そこに十二本のろうそくが立っている。ろうそくには火が灯り、縁側からの秋風にちらちらと揺れていた。
今日はみんなで大婆ちゃんをお祝いする特別な日だ。お父さんがわたしの誕生日も一緒に祝おうなんて言い出したからこんなことになってしまったけれど、どうしようか。
火を吹き消すべきか、それとも消さないべきか……。
火を吹き消せば、叔父ちゃんはこう言うだろう。ちゃんと理由が分かって火を消したのかって。正直に言うと、わたしは知らない。もしかするとなにか意味があるのかもしれないけれど、そんなこと考えたこともないし、今まではふつうに吹き消していた。
でもわたしが火を消さなければ、今度は伯父ちゃんが黙っていないだろう。だって伯父ちゃんは、いいから早く消せって今にも怒り出しそうだし、今か今かと手を叩く準備をしている。
どうしたらいいんだろう?
こんな時、お父さんはいつも「ハナが一番ハナらしくいられる方を選べばいいんだよ」って言う。
わたしが一番わたしらしくいられる方ってどっちだろう?
助けを求めてお父さんを見ると、お父さんは大婆ちゃんにお祝いの湯飲みを見せていた。大婆ちゃんは仏壇横のいつもの定位置で、金色のちゃんちゃんこを羽織ってにこにこと微笑んでいる。同じ色の頭巾をかぶっているから、なんだかパリピのお地蔵さんみたいだ。
消していいのかな? それとも消さないほうがいいのかな?
こたつのある居間には、大婆ちゃんをお祝いするために家族が集まっていた。お婆ちゃん、お父さん、お母さん、弟に妹、それからおじちゃん、おばちゃん、従兄弟たち、みんながわたしを待っている。
「ほら、また止まってるよ」
隣でお母さんがささやいた。
お母さんは腕の中でぐずる弟をあやしている。
「ハナ、はやく、フゥッて」
お父さんはわたしがためらっているのを見て、ろうそくの火を吹き消すような仕草でわたしを促していた。でもわたしは、急かされると余計にどうしたらいいかわからなくなる。だって火を消せば叔父ちゃんが怒るだろうし、消さなければ伯父ちゃんが怒る。わたしはどっちにも怒ってほしくない。
すると、叔父ちゃんが言った。
「心の中で願いごとを言ってから火を消すといいよ」
その言葉がわたしの胸の奥にすっとピン留めされる。
ねがいごと?
不思議に思って叔父ちゃんを見ると、叔父ちゃんは輪郭までとろけそうな赤ら顔でこう続けた。
「そうすると願いが叶う」
叔父ちゃんは、いつもの冗談かそうでないかわからない微笑みを浮かべていた。
もちろん、小学生のわたしにだって、それがでたらめだってことはなんとなくわかる。でも、もしそれが本当なら信じてみたい気持ちも少しある。
「どんなお願いでも?」
わたしが言うと、叔父ちゃんはわたしをまっすぐに見つめながら言った。
「どんなお願いでも。その代わり、強く信じないとだめだよ」
わたしはろうそくの火を見つめた。
どんなお願いでも叶うのなら信じてみたい。たぶん二重飛びみたいに、十回に九回は失敗するだろうけど、そのうちの一回でも成功するのならやってみたほうがいい。青山先生もそう言っていた、やってみるのはただだって。
涼しい風がすうと吹いてきて、ろうそくの火が揺れた。
まるで今だけ、ろうそくたちがわたしの願いを聞いてくれているみたいだった。
なんてお願いしようか? それが本当に叶うなら、叶って嬉しいものにしたい――そんなふうに思っていたら、伯父ちゃんが大声で笑い出した。
「んなわけあるか、バカ」
ろうそくの火がぴたっと止まるくらい強い口調だった。そしてすぐに叔父ちゃんがしかめ面で反応した。
「ああ? バカは兄貴だろ? 理由を知らないから、そうやってすぐなんでも否定から入るんだ。いや兄貴は知ろうともしてない。昔からそう。そんなんだから陰謀論に騙されるんだよ」
「俺がいつ騙されたよ?」
「波動がどうとか、怪しいサプリとか、いつも言ってくんじゃん。言っとくけど、そんなんじゃ兄貴の首は治んないかんね」
「はあ、やっぱり秀才は言うことが違うね。ちょっとばっかり頭の良い大学出たからって……。あのな、お前より頭いい奴なんて、この世にごまんといっかんな!」
「じゃあ一生それ飲んでろ、バカ兄貴!」
「なんだと? ハルタ、もう一回言ってみろ!」
また二人の喧嘩が始まって、とうとう見かねたお婆ちゃんと伯母ちゃんが二人をなだめ始めた。
わたしは困ってしまった。こうなるともうお祝いなんて雰囲気じゃない。伯母ちゃんはわたしにろうそくの火を消すように言っていたけれど、わたしはもう火を消す気分ではなくなっていた。わたしはただ楽しい気分で火を消したいだけ。みんなに喜んでほしいだけだ。
その時、ふと、いい考えがひらめいた。
そうだ!
「カンタ伯父ちゃんなら、どんなお願いごとをする?」
わたしは伯父ちゃんに言った。すると伯父ちゃんは腕を組んでうーんと唸ってからこう言った。
「俺? そうだなあ、やっぱり、家族の健康と幸せかなあ」
すると叔父ちゃんが鼻で笑った。
「パチンコで当たりますようにだろ?」
「お前は黙ってろ!」
「ハルタ叔父ちゃんは?」
今度は叔父ちゃんに話しかける。
「僕がハナちゃんだったら、これからも楽しい学校生活が送れますように、かな」
「なにがハナちゃんだったらだ、気持ちわりい」
「うるさいな、黙ってろよ!」
また喧嘩が始まる。伯母ちゃんは「やめて」、「いい加減にして」と繰り返していたけれど、二人とも体が大きいから、もし取っ組み合いになったら、さすがに伯母ちゃんでも止められないだろうと思った。どうしてこんなに仲が悪いのか、壁に飾られた爺ちゃんも大爺ちゃんもどこか悲しそうだ。
そうしたら、お父さんが言った。
「ハルも兄貴ももうやめよう。今日は婆ちゃんの米寿のお祝いなんだから。ハナの誕生日もあるし、めでたい日なんだよ」
そしてわたしに火を消すように合図をする。
わたしは大婆ちゃんにも聞いてみた。
「大婆ちゃんは? なんてお願いする?」
すると大婆ちゃんは、両手で顔を隠して恥ずかしそうにつぶやいた。
「婆ちゃんか? 婆ちゃんはケーキが食いてえ」
その瞬間、みんながわっと笑い出し、わたしはようやく場の緊張がほぐれたように感じた。
わたしは伯母ちゃんに頼んでケーキを切り分けてもらった。そして切り分けてもらったケーキを叔父ちゃんと伯父ちゃんの両方に差し出した。
「いっしょにお願いごとしよ」
わたしが言うと、叔父ちゃんはきょとんとし、伯父ちゃんは「俺はいいよ」と恥ずかしそうに笑った。
そう、これがわたし――。
わたしは、叔父ちゃんも、伯父ちゃんも、両方に喜んでほしい。
「つよく信じてね」
私は心の中で、二人が仲よくなりますようにと念じると、ケーキの上に一本だけ立っていたろうそくの火をふっと吹き消した。