
シグナル
遠くの空を白い綿雲がゆっくりと流れていた。
綿雲は、周りに霞(かすみ)のような薄い雲をたくさん引き連れて、まるで艦隊のように進んでいく。空にそれ以外の雲はなく、どこまでも澄み渡っていた。
良く晴れた青空の下、河川敷では少年サッカーの試合が行われている。少年たちの声、大人たちの歓声、主審の笛、様々な音が聞こえてくる。とても健やかで清々しい気分になる空気だ。そしてそれらの音に混じって、時折、ピーヒョロロと、遠くからトンビの声も聞こえていた。
穏やかな休日。湿った川風が吹き抜ける。
僕は右手にリードを握っている。持ち手の赤いフレキシブルリードだ。リードは前方に真っ直ぐに伸び、時折、ぐいぐいと僕を引っ張る。
ぴんと張ったリードの先には、マギーがいる。黒毛の柴犬だ。口周りは白く、足元は靴下を履いてるみたいに茶色い。眉のところだけ白い毛が生えていて、ぱっと見ただけでは目がどこにあるのか分からない。マギーは数メートル先で耳をぴんと立て、不思議そうに僕を待っていた。
「早いよ、マギ! ちょっと待って!」
僕はマギーを追いかける。するとマギーは嬉しそうに飛び跳ねて走り出し、はっはっと舌を出しながら僕を引っ張った。
僕も負けじと走り出す。するとマギーは憎らしいほどに余裕の表情で、早く、早くと僕を急かす。僕はとうとう息が上がって立ち止まってしまった。
「お前に――、勝てるわけ――、ないだろ」
息を切らしながらそう言って、側に寄ってきたマギーをぐっと抱き寄せる。するとマギーは、舌を出したままうっとりと目を瞑り、雑草の生い茂る土手の斜面にごろんと横たわった。そして白いお腹を見せて、せがむように僕を見る。その顔がなんとも愛くるしい。僕に対する絶対的な信頼、あるいは恋慕の情さえ感じさせる甘えた顔だった。
なんて可愛い奴だ――僕は後ろに向かって声を張り上げる。
「ねぇ、見て! こいつ、めちゃくちゃ興奮してる!」
僕の後ろには、なだらかにカーブした土手道が続いていて、そこをゆっくりと、君が歩いていた。
白のスキッパーブラウス。
水色のジーンズ。
赤いベースボールキャップから出た髪が川風に踊っている。
「ねぇ、早く来てよ!」
僕は仰向けに寝転ぶマギーの腹をさすりながら、赤い舌を出して目を細めるマギーに笑いかける。
「これがいいのか? こいつめ! ねぇ、早く!」
そしてまた君に振り返ると、君はゆっくりと近づいてきて、僕から数メートル離れた位置に立ち止まった。その様子はどこか寂しそうで、元気がない。
「どうしたの?」
あの時、僕はなぜ君にあんなことを言ったのか。
今あらためて振り返れば、あの時の僕は、僕の中に眠っていた問題の核心を、まるで逃げ道を塞がれて、真正面から突かれたように感じたんだと思う。それまでずっと隠してきた、一番突かれたくない僕の急所だ。結果、苛立ちが湧き、その感情のまま、勢いで言葉を口にした。君は僕を信頼して不安を吐露していたというのに。僕は君の素直な気持ちを受け止める余裕がなくて、自分勝手な苛立ちを返した。
本当に――、本当に申し訳ない。
君と初めて会った時、僕はまだポスドク二年目だった。
当時はコロナ禍の最中で、ほとんどの学会がオンラインで開催されていた。知り合いの准教授から君を紹介された時も、たしか何かのオンラインワークショップの後だったと思う。案内された別ルームに入って君を見た時、僕はとても驚いた。君が女性だったからだ。
「はじめまして、平山です」
ZOOMの画面越しに見た君は、とても堂々として見えた。
整った小顔、生真面目そうな眼鏡、その奥に覗く切れ長の細い目。自信家ともちょっと違うが、場慣れしているというか、毅然としているというか、君は怖いくらいに落ち着いていて、やけに姿勢が良かった。包み隠さずに言えば、芯が強そう。それが僕の第一印象だ。
その時の僕は、共同研究の相談でもされるのかなくらいの軽い気持ちでいたから、画面の向こうにまさか君のような綺麗な女性がいるなんて少しも思っていなかった。さっきは驚いたって言ったけれど、実際は緊張に近い。心臓がとくとくと早鐘を打ち始め、それまで考えていたことが一瞬で吹き飛んだ。
でも僕が本当に驚いたのはそのあとだ。君は愛想話もなしに、淡々と自己紹介を始めたね。アメリカ、カリフォルニア州のサンディエゴ大学で生命理学の博士号を取ったこと、専門は分子生物学で、現在は東亜共栄医科大学のゲノム医療センターで主任研究員をしていること――。君の外見ばかりに目が行っていた僕は、君の輝かしい経歴に言葉を失うほど圧倒された。東共医大のGMCと言えば、エリート中のエリートしかいない国内最高峰のゲノム研究機関だ。そこの主任研究員なんて、なろうと思ってなれるものじゃないし、ポスドクの僕とは比べ物にならないくらいの才女じゃないかって思った。僕はこの時からすでに、君に対してどうしようもない引け目を感じていたんだ。
准教授が退席して二人きりになった後も、君はその才女ぶりを存分に発揮したね。
君は僕の研究内容を聞いて、即座に僕の専門が生命情報学だと言い当てたし、それに関連する質問を数個、すらすらっと立て続けにしてきた。
「仮に、ある細胞集団の中に、ごく少数の異常細胞が存在するとして、そのごく少数の集団が、将来的にどのくらいの勢いで拡大していくか、それをデータから統計的に予測する方法はあるんでしょうか?」
君が実際にそう言ったかはもう忘れてしまったけれど、たしかそんな内容の質問だったと思う。
その時は、君がなぜそんな質問をしてきたのか分からなかったけれど、直感的に、ラボマウスになにか遺伝的に気になる兆候があって、その原因を突き止めるためのデータ解析手法を探しているのかなって思った。僕の専門は生命科学全般の情報処理で、その頃は研究テーマを広げようと、脳活動データの数理モデルに取り組んでいた時期でもあったから、そういう事象が存在することは知っていた。一つ一つは意味を持たない微弱な信号が将来の大きな変化を予兆する、いわゆる早期警告シグナルってやつだ。ただ、それには検出感度の限界がある。君が言った「通常の検査では異常なしと判定されるレベルのもの」であればなおさらだった。だから僕は臨界点やノイズの話を交えて「難しいと思う」と答えた。そうしたら君は「臨界点……」と僕の言葉を小さく復唱したあとで、
「――ゼロではない、ってことですね」と頷いた。
正直、驚いた。普通、誰かに難しいと言われたら諦める。少なくとも僕の周りでは、それは断るための社交辞令的な文言だった。それなのに君は落胆するわけでも、食い下がるわけでもなく、ただ静かに口元を引き締めて、「可能性はゼロではない」と口にした。あの時、僕は愛想笑いでごまかしていたけれど、本当は「この人、只者じゃないな」って思っていたんだ。
そのことが頭にあったから、夏になって君からオリンピック観戦を誘われた時、僕はすぐさま快諾した。僕は君に聞きたいことが山ほどあったんだ。GMCのこと、そこで君が関わっている研究内容。君がどんなことに興味があって、今はどんなことを考えているのか。研究の目的とか、将来の展望とか、君には色々と聞いてみたかった。僕の勝手な想像だけれども、君は僕のような凡庸な研究者と違って、僕らが想像もつかないようなことを考えていそうで、それを教えてほしかったんだ。
でも残念ながら、僕らが観に行こうとしていたバスケの試合は無観客試合に決まってしまった。僕は君との対面を楽しみにしていたから、そのニュースを聞いてとても落ち込んだ。僕の周りは「医学系の大学にいる以上、文句は言えないよ」なんて笑っていたけれど、僕としては「コロナの馬鹿野郎」という気持ちだった。
それでも何度かやり取りをしているうちに、せっかくだからって、君はランチに誘ってくれたね。あれがなければ、その後の僕らの関係性はなかった。もちろん嬉しかったし、緊張した。なにせ、僕が女性と食事に行くのはその時が初めてだったし、君が予約してくれたお店は、僕の人生で初めてのメキシコ料理だったからだ。君からすれば、僕はそわそわと落ち着きなく見えただろう。でも君は僕の好き嫌いを聞いて、どんな料理がいいか、僕に勧めてくれたね。丁寧に、さりげなく。決して馬鹿にしたり、押し付けたりすることはなく、僕の意思を尊重する話し方は、育ちの良さか、それともアメリカで培われたものか、とても好感が持てた。
あの時はまだお互いに少し遠慮するところがあって、会話が途切れることもあったけれど、君は率先して話してくれたね。君がいたサンディエゴの話や、メキシコ人の知り合いの話、変わり者だった担当教授の話。君が話す内容はどれも僕が知らなかった世界で、退屈なものは一つもなかった。本当はもっと、君のしている研究の話とか、GMCの施設内の様子とか、踏み込んだ話を聞きたかったけれど、君はそういう態度ではなかったね。だから僕も君との会話を楽しむことにした。
今となっては、その時何を話したかなんてもう覚えていないけれど、一つだけ強く印象に残っていることがある。それは君が僕の目を見つめてきたことだ。君は話す時、必ず僕の目を見て話した。でも僕は目を見られることに慣れていなくて、テーブルの上の料理を見ながら話した。そうしたら、君はこう言ったんだ。
「新見さんって、データ解析の人なのに、目の前のデータはちゃんと見ないんですね」
一瞬、なんの話か分からなかった。でも小さく声を立てて笑う君を見て、僕は君が冗談を言ったんだって気づいた。僕の君に対する印象ががらりと変わったのはこの時だ。それまでの君は優秀すぎて、どこか雲の上の存在みたいに思っていた。でも当たり前だけど、君は冗談も言うし、笑うんだ。
「すみません、あまり慣れていなくて……」
僕が愛想よく笑うと、君も「ぜんぜん。冗談です」と笑った。
それが君が初めて僕に見せてくれた笑顔だった。
笑うと細く消えてしまう上品な瞳。
普段はきりっと閉じているのに、笑うと途端に大きくなる口元――。
素敵な人だなって僕は思った。君は世間一般で言う美人ではないけれど、知的で、品があって、配慮ができて、変に謙遜したり迎合したりするわけではなく、逆に驕り高ぶるわけでもなく、ただありのままの君でいた。僕はそれまで君のような女性に会ったことはなかった。僕は君の自然な距離感が好きだったし、研究者としての君ではなくて、自然体の君に魅了されたんだ。
それから僕らは、学会で一緒になるたびに話をしたね。
お互いの研究テーマから、気になっている論文、好きな映画や音楽についても話した。君がデュア・リパが好きだったのは意外だったけれど、君が俗的なものも好むと分かってほっとする面もあった。いい意味で裏切られたって言ったら変だけど、一緒に映画を観に行ったり、食事に行ったり、君とたくさんの時間を共有する中で、僕の中で君の印象が変わっていったのはたしかだ。
君は覚えてる? どこかの水族館で水生動物の展示を見ていた時だったか、飼育員さんが「触ってみたい人はいますか?」って聞いたら、君は周囲の子どもたちよりも先に手を挙げた。僕は恥ずかしくて君の誘いを断ったけれど、君は子どもたちに混じって嬉しそうに水中に手を入れていた。博士号を持つ研究者の知的好奇心とは凄まじいものなんだなって、その時は感動さえ覚えた。
動物園でもそうだ。歩きながら遺伝子の素晴らしさについて話していたかと思ったら、急に走り出してリス園の中に入っていったり、いないと思って振り返ったら、キツネザルの檻の前で立ち止まって見上げていたり、君は興味の湧いたものを見つけると、すぐに近づいていく。そして周囲の目なんて少しも気にせずに、それを体験しようとする。僕はそういう時、どうしても恥ずかしさが勝ってしまう人間だから、いつも目を輝かせてそれをする君が羨ましかった。顔出しパネルを見つけて当然のように顔を入れたり、雷門の仁王像の前で同じポーズで写真を撮ったり、美味しいものを口に入れた瞬間に目を見開いて「美味しい!」って声を出したり、僕は君の少女のような天真爛漫さにどんどんと惹き込まれていったし、僕の中で当初、君に対して抱いていた「芯が強そう」という印象は少しずつ和らいでいった。
傍から見れば、僕らは付き合っているように見えたかもしれない。君はどうか知らないが、少なくとも僕はそう思っていた。でも僕らは付き合おうって言葉は交わさなかったね。体の関係もなかった。体の関係どころか、手さえ繋げなかった。
水族館からの帰り、僕がそれとなく手を繋ごうとしたのは君も覚えているだろう。でも君は僕の手をすっと避けた。たまたまかと思って、もう一度握ろうとしたら、君は驚いたように手を引っ込めて距離を取った。あれはかなり気まずかった。君が急に黙り込んだ姿を見て、僕は自分を責めたし、途方に暮れた。帰り道に安っぽい雑貨店に君が立ち寄った時も、そこで君が甘い芳香剤を買った時も、僕がそっけない態度を取ったのはそのせいだ。僕は自分に苛立っていたし、君に対してどう接していいか分からなかった。今思えば、あの時の僕は、ただ、恋人の証みたいなものが欲しかったんだと思う。僕らは付き合っているよね、だから手くらい握ってもいいよねって、君の気持ちを考えもせず、自分勝手な思考に頭を支配されていたんだ。
今だから言うけど、初めて君の家に遊びに行った時、僕は君と二人きりになれると思っていた。でも玄関を入ったら、靴がたくさんあった。奥から大勢の笑い声が聞こえてきて、リビングに行くと、君の友人たちがたくさんいた。綺麗に出端(でばな)をくじかれた形だ。しかも君の大学時代の友人たちはみんな個性が強くて、あの場の雰囲気に僕は初めから尻込みしてしまった。もっとも、僕がその状況をまったく楽しめなかったかと言うとそうではなくて、僕は僕で、僕と同じようにみんなの輪に入れない小さな相棒との時間を楽しんだ。黒毛の柴犬、マギーだ。マギー? 心配しないで。あの頃はまだ僕の腕にすっぽりと入るくらいの小さな子犬だったけれど、今は立ち上がると僕のへそくらいまで手が届く。相変わらず、僕の言葉や心情をじっと伺う賢い犬だ。大丈夫。マギーとは上手くやってるよ。
どこまで話したっけ? そう、それで、その一件以来、僕は君との間にプラトニックな愛を貫くことに決めた。お互いのアパートを行き来するようになっても、僕はそういう雰囲気を一切出さなかっただろう? 僕から手を出して、君にまた拒絶されたら立ち直れない、僕はそう思っていたからね。なにより、僕はそんなことで君との関係を壊したくはなかった。同じ机で学会の準備をしたり、向かい合って論文を書いたり、時にはマギーを連れて朝からカフェでのんびりしたり、気分転換に卓球やバスケを楽しんだり、僕は君の傍にいれるだけで幸せだった。卓球では結局、一度も君に勝てなかったけれど、僕は文句を言わなかっただろう? 僕が唯一不満を口にしたのは、水族館の帰りに君が買った、あの甘い芳香剤くらいだ。僕はあまり好きではない匂いだったけれど、君はそれを玄関に置いた。
僕が君の前で文句や不満を口にしなかったのは、なぜか分かる?
君だよ。君はそういうことを一切言わない人だった。学会発表前にデータの不備が見つかった時は、慌てる様子もなく、むしろ問題に立ち向かうことを楽しんでいるように見えたし、厳しい査読コメントがついても、落ち込むより先に「面白い指摘だね」と食いついた。バスケで足をひねっても、「大丈夫、大丈夫」って笑いながら立ち上がったし、得点するたびに大げさに喜んだ。
いつだったか、深夜にお腹が空いて、君が親子丼を作ってくれた時も、僕が「これは他人丼って言うんだよ」と指摘したら、「いいのいいの、これはこれで美味しいから」と少しも気にする様子もなく完食したね。もし僕が君だったら、ぜんぶ気分を害していた場面だ。いやむしろそれが普通だと思う。上手くいかない時には、誰だって他人のせいにしたいし、愚痴をこぼしたい。でも君はそれをしなかった。ぜんぶ自分の問題として背負い込んで、黙々と手を動かした。そんな人いないよ。勤勉で、親切で、勇敢で、誠実で、そんなよく出来た人、いるわけがない。
だから、君が僕にぽろっと愚痴をこぼした時、僕は少し安心した。
あの時はたしか、お互いの家族の話をしていて、君が故郷の福江島の話とか、小さい頃によく魚を取って遊んでいた話とか、そういう話をした後に、弟の愚痴を言い始めた。偶然、というか、たまたまというか、僕にも弟がいた。だから君の愚痴は痛いほどよく分かった。お互いに弟の文句を言い合って、涙が出るほど笑ったね。あんなに意気投合したのは初めてだった。僕らはともに長子だったから、長子の悩みも一緒だったし、話は尽きなかった。そうしたら、君はぽつりと、「実は日本での生活に苦労している」と僕に打ち明けた。
僕は君がそんな風に感じていたなんて知らなかったから、少し戸惑った。君は堰(せき)を切ったように話していたね。アメリカと日本における文化の違いから始まって、結論が出ないまま終わる会議、「女性なのに」あるいは「帰国子女だから」で片づけられる空気、意見の内容よりも誰が言ったかが重視されることへの違和感。僕が想像もしなかった愚痴が、信じられない勢いで一気に流れ出た。
僕自身、教授を頂点とした学問の世界にいて、根回しとか、忖度とか、そういう場面を数えきれないほど見てきたから分かる。事実、「そういうものだ」って割り切って僕は過ごしてきた。でも物怖じせずに意見を言う君の態度は、この国の文化に慣れ親しんできた者からは反発を受けやすい。それは君も分かっていたはずだ。分かった上で、僕に打ち明けた。その意味を、その時の僕は深く考えていなかった。
これは言い訳になってしまうけれど、僕には昔からそういうところがある。自分で言うのもなんだけど、僕は親に従順な子どもだった。僕の母親は躾(しつけ)にとても厳しい人で、僕は母に認められたい一心で、母の言うことはなんでも聞いていた。でも僕の弟は自由奔放に過ごしていて、同じことをしていても、怒られるのはいつも兄である僕の方だった。だから一度だけ、本気で怒ったことがある。どうしていつも雅人だけ許されるのかって。そうしたら「雅人は雅人なりに頑張っているから」と、僕の訴えは聞いてもらえず、逆に弟への配慮を求められた。僕は「そんなのおかしい、ズルい!」と泣いて訴えた。そうしたら、母も泣いてしまった。あなたのために言っているのに、どうして分かってくれないのと、まるで僕が悪者のような空気にされた。分かってほしかったのは僕の方なのに。
それ以来、僕は本気でぶつかりに行ってはいけないことを学んだ。もちろん今なら、母に悪気がなかったことくらい分かるけれど、当時の僕には人生を変えるくらいショックな出来事だった。だから君の愚痴を聞いていたあの時も、「大変だね」、「分かるよ」って口では言いながら、「あなたもあっち側の人なのね」って君から責められたらどうしようって、内心びくびくしていた。君の話を聞いているようで、実は自分のことしか考えていなかったんだ。僕はきっとそういう人間なんだろうと思う。あまり良いことではないけれど、しょうがない。
だから君を僕の実家に招待した時は、本当に緊張した。
君も知っているように、僕の母は言葉使いや作法に厳しい。でも君は僕の心配をよそに、箸の持ち方から相槌の打ち方まで、危なげないほど完璧にこなしていた。君が明瞭に受け答えするものだから、父も母も終始上機嫌だったよね。おそらくは、君が東共医大のGMCで主任研究員をしていると言ったことが良かったんだと思う。父は東共医大の凄さを知っているし、知り合いも何人かいる。その父の態度を見て、母も君の凄さを理解したのは間違いない。僕が「医科歯科大が東工大と統合するかもしれない」って話をした時には見向きもしなかった母が、君が話し始めた途端に君の話を聞きだしたのは君も分かっただろう? 母は君を認めていたんだと思う。そうでなければ、あんなに何回も君の地位を聞いたりしない。
でも母が認めていたのは、研究者としての君だった。
実は、あの後、母から電話があったんだ。初めて君に言うけれど、僕はその電話で、君との交際をやめるように言われた。理由は宗教の違いだ。うちは神道、君の家はキリスト教。君も僕もお互いの宗教なんてまったく気にしていなかったけれど、母は違った。君は気づいていた? 君が五島の話をしていた時に、母の顔色がほんの少しだけ変わったことに。
もちろん、僕はそんなこと気にしていなかった。僕はもう子どもじゃないし、母の意向に耳を傾けるつもりもなかった。でもそれ以来、僕の中で何かが変わった。君を見る目が変わったというか、君の本心が分からなくなったというか、気にしていないつもりだったけれど、君に対して変に気を遣うようになってしまった。
君が知っていたかは分からない。神戸の学会で君を見かけた時、僕は君が他の人と話しているのを見て、君に話しかけるのをやめた。コロナが明けて、改めてBリーグの試合を観に行った時も、熱心に調べ物をする君の隣で、僕は自分の論文発表について考えていた。君といつものカフェに行った時も、君の家で二人で夜食を食べていた時も、僕は君との間に消すことのできない距離を感じていた。君が頑張れば頑張るほど、僕に親切にしてくれればしてくれるほど、僕は言いようのない無力感を感じるようになっていたんだ。
それは年が明けても変わらなかった。その頃にはお互いに仕事が忙しくて、会う機会も少なくなっていたね。僕が紹介した研究仲間に学会で偶然出会った話とか、共通の知人がネットニュースになっていた話とか、君は相変わらず連絡をくれたけれど、僕は正直、あまり興味が湧かなかった。
三月になって年度末が近づいてくると、君は異動することになったと僕に打ち明けた。そして異動先で、今度バーベキューをするから一緒に来ないかって僕を誘った。以前の僕だったら喜んで参加していたと思う。でもあの時の僕は、なぜ僕が君の職場のバーベキューに行くのかよく分からなかった。だから断ったんだ。そうしたら君は、家族や恋人を連れてきてもいい集まりだとか、僕にとっても将来的にいいコネができるとか、色々と説明してくれたね。そして、それでも僕が断ると、「怖いの?」と言ってきた。
それまでも何度か、君の口からその言葉を聞いたことはあった。僕が路上で似顔絵を描いてもらうのを嫌がった時も、忍者ショーで指名されてステージに上がらなかった時も、君は冗談交じりに「怖いの?」って口にした。でもその時ばかりは、冗談には聞こえなかった。臆病だね、そう言われている気がしたし、とても嫌な気持ちになった。
言い訳をさせてもらえば、その時の僕は、ポスドク五年目ということもあって、自分の将来に焦りがあった。医科歯科大がなくなれば、組織改編の混乱で、昇任ポストの数が減る可能性は十分にあったし、外へ出ようにも、外部に常勤ポストの公募があるかはタイミング次第だった。統合の噂は数年前からあったから、もっと早く外に出ていれば良かったんだろうけれど、それを悔やんでも仕方がない。将来に対する不安と焦り、僕はそれを頭から消すために、それまで以上に自分の研究に没頭していた。そんな時に、そんな挑発じみた言葉は聞きたくなかった。君は何一つ変わっていないというのに、その時の僕はすでに自分でもおかしいと思うくらい、君に対してよそよそしくなっていたんだ。
それからしばらくして、僕は君から君のお父さんが亡くなったことを聞いた。
僕は君のお父さんを写真でしか見たことがなかった。
君の部屋の窓際に飾ってあった家族写真。若い頃のお父さんだろうけれど、髪はぼさぼさで、口の周りにうっすらとひげが生えていて、少し柄が悪い印象だった。ただ、目は優しそうで、ちゃんと話をしたら、意外とすぐに打ち解けられそうな気がしていた。だから少し残念だったし、まだ六十手前だったと君から聞いた時には、なんて言葉をかければいいか分からなかった。
君が葬儀から戻ってからは、よく喧嘩をするようになったね。
君は僕からのラインを無視するようになったし、いつものカフェにも来なくなった。僕は君が落ち込んでいるのは知っていたし、そっとしておくつもりだった。でもそうしたら君は、「どうして連絡くれないの?」って僕を責めた。僕は君のことが心配だったから、会えるなら会って話そうって言った。でも君は「会いたくない」って返した。連絡を欲しがったり、連絡をしたら会いたくないって言ったり、僕はどうしたらいいか分からなくなってしまった。もちろん君が精神的に不安定なのは分かっていた。でもその時は僕自身、英文論文の執筆で忙しかったから、それ以上、君に振り回されるわけにはいかなかったんだ。
今考えれば、ただのすれ違いに過ぎない。すれ違いが重なって、もう後戻りできないところまで来ていたって言われたら、そうかもしれない。でもあれは僕にとって急すぎた。
君は突然、シンガポールに移住すると言ってきたね。それも長文で。アメリカ時代の恩師からの誘いだとか、そこには最先端の研究環境があるだとか、色々と理由が書いてあった。
でも移住?
移住する必要はあるの? 僕らの関係はどうなるの?
君にとっては、君なりに考え抜いた結果だったんだろうけど、僕にとっては寝耳に水だった。それに、シンガポールに行く前提で話をされたことに、僕はむかついた。
「会って話そう」僕は送った。でも君は、
「忙しい」って、違和感しかない言い訳を返した。だから僕も長文で返したんだ。君がこの春に新しい職場に異動になったことは聞いていた。その職場でまだ馴染めていないんだろうってことも、今はお父さんを亡くして精神的に辛い時期だろうってことも書いた。十年以上海外で暮らしてきて、君には海外で働く方が合っているのかもしれないけれど、僕だったら行かない、そうも書いた。今は大変だろうけれど耐える時期だって僕は言ったんだ。でも君はその時からすでに『行く』理由を探していた。だからあの時――。
「どうしたの?」
そう言った後で、まだあのことを気にしているんだと思った。
「ほんとに行くの?」
僕が聞いても、君は暗い顔で立ったままだった。
白のスキッパーブラウス。
水色のジーンズ。
赤いベースボールキャップから出た髪が川風に踊っている。
「逃げで行くんだったら、行かない方がいい」
「逃げじゃない。環境を変えたいだけ」
君は小さな声でそう言って僕を見た。
「今の状況に不満があるってこと?」
君は押し黙る。否定も肯定もせずに、何かをじっと考えた表情のまま僕を見つめていた。
「私のこと、好き?」
突然、君はそう言った。
僕は困惑した――君の口から初めて聞く言葉だったから。
「え? どういう意味?」
「私のこと、本当に大切に思ってる?」
「なにそれ?」
大切に思っていないわけがなかった。これまでずっと一緒にいて、君のことをずっと傍で見てきて、この人とならって家族にも紹介して、漠然と結婚を考えていた僕が、君のことを大切に思っていないわけがなかった。君だって、なんとなくそれを感じていたはずだ。それなのにどうして?
「もしかして、僕のこと、試してる?」
なんとなく試されている気がした。大切に思っていると答えても、そうでなくても、どちらにしろ否定されるような気がした。そうしたら君は唇を震わせて、
「なんでそういう言い方するの?」
そう言った後で、
「怖いの?」
と、続けた。
僕は逃げ道を失った。
「あのさ、それいつも言うけどさ、怖いのはキミなんじゃないの?」
年配の教授陣の中には、絶対に自分のミスを認めない人もいるが、僕はそうならないよう気を付けていたつもりだった。でもあれは、まさにその一歩手前の思考回路だった。
ああ、僕はなんで君にあんなことを言ってしまったのだろうか――。
遠くの空を白い綿雲がゆっくりと流れていく。
良く晴れた青空の下、カフェから見えるキャンパスでは、学生たちが行き交っていた。若者たちの笑い声、鳥のさえずり、木々のざわめき、様々な音が聞こえてくる。とてもアカデミックで清々しい気分になる空気だ。そしてそれらの音に混じって、時折、ピーヒョロロと、どこからかトンビの声も聞こえていた。
穏やかな平日。暖かい春風が吹き抜ける。
なんでこんなことを思い出したのだろう?
君に対する未練? それとも、劣等感?
そうかもしれない。もしかしたら、青空にぽつんと浮かぶ白い綿雲を見たからかもしれないし、頬に暖かい風を感じたからかもしれない。カフェのテラス席でチキンを食べていたら、たまたま君に似た女性が斜め前に座って、その女性がたまたま赤いキャップを被っていたからかもしれない。
水色のシャツ。
デニムのジーンズ。
赤いベースボールキャップから出た長い髪が春風に踊っている。
そう、人が何かを思い出す時、脳内では海馬が過去の記憶を呼び起こしているに過ぎない。
その記憶に扁桃体が感情を与え、内側前頭前野が「今の自分」と比較を行う。
結果、DMNが活発に働き出して、人は内省的、感傷的な感情を覚える。つまり、たまたまってことだ。
この春、僕は念願の助教職を手に入れた。学部の講義とか、学生の指導とか、いろいろと大変だけど、ずっと待ち望んだ常勤の職だ。研究環境も東京から筑波に変わって、僕の人生はここからまた新しく始まる。
君は、僕が初めて好きになった女性だった。
君との時間は、僕にとってかけがえのないものだった。ありきたりだけど、君がいたから今の僕がある。
きっとこの先、君以上の女性に出会うことはないと思う。もう会うことはないと思うけれど、どうかシンガポールでも頑張ってください。