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​噂の真相

 それは、六月最初の出勤日のことだった。

 変異株の広がりによって、二度にわたって延長された緊急事態宣言の最中、私はどうしても研究室のパソコンからデータを見る必要があって、早朝から研究室で作業していた。

 初夏の陽光が差し込む研究室。換気のために開けた窓からは、朝の冷たい風が転がり込み、やけに清々しかった。初めてここに来た時は狭く感じたこの部屋も、一人でいると、広く感じた。湿度もなく、からっとしていて、時折、ほんのりと新しい若葉の匂いが風に乗ってやってくる。こんなに気持ちの良い空間を独り占めできるなんて、なんだか申し訳ない気分だった。

 私は鼻歌を口ずさみながら、マウスをかちかちとやっていた。

 すると、研究室の扉が開いた。

 野坂さんが来たのかなと思って見ると、驚いたことに、そこには富田先生が立っていた。

 チェック柄の青いシャツにベージュ色のスラックス。足元には商店街の靴屋さんで買ったような厚めの運動靴を履いていて、手には日よけの帽子を持っていた。髪は相変わらずぼさぼさだったが、心なしか以前よりも髪が薄くなって、白髪が増えた気がした。背中こそ曲がっていないが、小さめのマスクをしていて、老紳士というよりも、いつもの朝の散歩で見かける近所のお爺ちゃんだ。なんというか、一気に老けた印象だった。

「先生……」

 私の口から出た声は鼻歌よりも小さかった。

 つい数週間前までは直属の上司、でも今は何て呼べばいいか分からない。プロジェクトが中止になって以来、先生は私の中で遠い存在となっていた。どう話していいか、何を話せばいいか、まるで思いつかない。

「あ、あの……、メール送ったんですけど……」

 私が言うと、先生は、

「そのことで君に話がある。今、いいかな?」と言って、私の方にゆっくりと向かってきた。

 初夏の陽光が差し込む研究室。その一角にあるミーティングスペースに、先生はゆっくりと腰を下ろす。そしてパソコンの前で返事に躊躇っていた私を呼んだ。

 富田先生が扉側、私はテーブルを挟んでその斜め前に座った。改めて近くで見ると、先生はすべてを諦めたというか、疲れ切ったような顔をしていた。いや腹をくくったような顔とも言えるか。古めかしい眼鏡の奥に覗く小さな目は、相変わらず私を見透かすような鋭さを秘めてはいたが、以前のような圧倒的な眼力は感じない。心なしか、先生のトレードマークである長い眉毛も萎れて見えた。

「今、このセンター内が大変なことになっているのは、君も知っているね」

「はい」

 私は先を促すように言った。

「噂は概ね本当だ」

 私は何も言わなかった。そうだろうと思っていたことがそうだったと言われても驚きはない。

 私はただじっと、先生の目を見つめていた。

「症例一番。今年の三月に生まれた子だ。彼女の両親はDCLRE1Cにそれぞれ異なる変異を持っていた」

「DCLRE1C? アルテミスの?」

「うん。我々は彼らの受精卵にゲノム編集を施した。父親由来、母親由来、両方の変異に対してだ」

「待ってください。受精卵?」

 驚きが胸を突き、動揺が全身を駆け抜けた。

 受精卵? 受精卵に対するゲノム編集は日本でも禁止されているはずだが……。

「書類上は何も変わっていない。着床を伴わない基礎研究、承認されたのはそれだけだよ」

 つまり、先生は未承認のまま実際の着床を行ったと?

 もしそれが本当なら、先生は国の指針に明確に違反した医療行為を行ったことになる。

 しかも、もうすでに一人の人間が生まれてしまっている。

 なんてこと……。

「ただね、症例一番は、四月になって容体が急変した。全身に腫瘍のようなものが認められたんだ。残念ながら、原因はまだ分かっていない。今のところ、腫瘍が進行している兆候はないが、事態は非常に逼迫している」

 落ち着いた口調で淡々と話す先生を見て、私はなんて愚かなことをしたんだろうと思った。

 受精卵のゲノム編集が禁止されているのには明確な理由がある。まず第一に、その子だけではなく、その子どもや孫にまで影響が残るというのが一つ。そして生まれた子ども自身が、そのリスクと効果を比較した上で選んだことではないというのが二つ目。そもそも遺伝子を編集した時点で、オフターゲットのリスクは付いて回るし、すべての細胞が一律に編集されるわけではない。いわゆるモザイク胚のリスクだ。今回の件で言えば、明らかに想定外のオフターゲット変異が起きている。腫瘍が全身に回っていることを考えれば、編集後にモザイク化した可能性も否定できない。

(生まれつき難病を抱えてたんでしょ?)

(全身に腫瘍が広がっていく病気なんだって)

(遺伝子治療を受けた赤ちゃんだったらしい)

(神の怒りに触れたんだ、天罰だよ)

 本当に、先生はなんてことをしたんだ?

 生後三ケ月にも満たない小さな体が腫瘍に侵されているなんて、そんなことが許されるのだろうか?

 私は、平然と話せている先生が信じられなかったし、先生に対する私の中の不信感はどんどんと大きくなっていった。ところが、その憎悪にも似た不信感は、先生の次の一言で、突如として自分に向かってくる。

「原因究明には君の力が必要だ」

「私ですか?」

「症例一番の受精卵には、君が設計したガイドRNAが使われている」

「えっ……」

 言葉にならない動揺が口から漏れた。

 動揺、驚愕、軽蔑、なんでもいい。胸の鼓動が一瞬、止まった気がして、次の瞬間、頭の中が真っ白になった。

 私が設計したガイドRNA?

「先に謝っておくが、君に検討を依頼したアルテミス欠損症の患者、あれは症例一番の兄のデータだ。これまで黙っていて申し訳ない」

 それまで薄らとしか見えていなかった違和感が、徐々にその輪郭を現わしていく。

「えっ、アルテミス欠損症の患者って、サンディエゴでやった――」

「うん」

「ちょっと待ってください。兄? そんな……」

 声が震え、手も震え出した。

 あの時、先生は「理論上」と何度も口にしていた。だから私は協力したのだ。『胚』への応用を念頭に置いていたなんて聞いていない。だって胚への応用だと分かっていたなら、判断が変わってくる。検証結果の修復不完全性だって、培養細胞と聞いていたから許容範囲内と判断したのだ。それに、報告書にも書いたはずだ。ドロップアウトの起きている領域については、修復の成否およびオフターゲットの有無、いずれも判定不能だと――。

 それなのにどうして……。

 ショックで思考が薄れていく。

 待って。本当に待って……。

 私? 私のせいなの?

「プロジェクトは正式に中止となった。私自身、ここでの未来はもうない。でもね、あの子をこのまま放っておくことはできないんだよ」

 私は裏切られた気分だった。それまで飾らない誠実な研究者だと思っていた先生が、ただ他人にどう見られるかに無頓着なだけの自分本位な研究者に見えた。私をここに呼んだ理由だって、結局はそういうことだろう。プロジェクトが中止になったら、私一人にプロジェクトの後始末を押し付けて、自分はどこかに姿をくらます。そんな人を尊敬していたなんて、自分自身に失望する。

「あの子はシンガポールに連れていく」

 シンガポール?

 何を言っているのか分からない。

「シンガポールの南洋理工大学に受け入れの目途が立ったんだ。父親の同意も得ている。再来週には、私が連れて渡航する」

 先生は怖いくらいに真剣な目で私を見ていた。

「平山くん。急な頼みであることは重々承知しているが、私と一緒にシンガポールに来てくれないか? あの子には君の力が必要なんだ」

 私は答えることができなかった。

 この件に私が関与していると突然告白されても、それが承諾する理由にはならない。そんなことよりも、胸の奥に急速に積み重なっていく感情の重みに耐えきれず、私は声を出すことさえできなかったのだ。

 

 後日、私は正式に断りの返事をした。

 何日も悩んだ末の決断だった。何よりも赤ちゃんの健康状態が心配だったし、自分がしてしまったことへの罪悪感が頭から離れなかった。

 だから私は、私なりに原因究明に奔走した。その日から一度も、その赤ちゃんのことを考えない日はない。あの時、「分かりました」と言って、先生と一緒にシンガポールへ行った方が良かったのではないかと後悔した日さえあった。

 それなのに、あれから二年以上音沙汰なしだった先生が、どうして今になって電話をかけてきたのか――。

 

 テーブルの上には、クリアファイルに挟まれた書類と、先ほどテイクアウトしたばかりの珈琲があった。そのカップの口から白い湯気がゆらゆらと立ち昇る。それはまるで揺れ動く私の気持ちを代弁するかのように空中に上って消えていた。

「症例一番の件だけど――」

 電話口の向こうで、先生はそう切り出した。

「あれから色々あってね。でも今は安定している」

 安定していると聞いてほっとする一方で、色々あったという言葉が引っかかった。

「色々というのは?」

「脳に腫瘍が見つかってね。手術をした」

「手術……」

「うん、少し、意思疎通ができるようになったんだ」

「本当ですか?」

 嬉しい反面、どういう状況なのかは想像できない。年齢で言えば、二歳と八ヶ月が過ぎた頃。通常の子どもであれば、発話が増え、走ったりジャンプしたり、自分の意思で動き回る時期だ。

「会話できるようになったんですか?」

「詳しい話は会ってしたい。電話でするような話ではないんだ」

「会ってというのは?」

「単刀直入に言う。こっちに来てくれないか?」

 ほんの一瞬、戸惑いが紛れ込む。

「衣食住はこちらですべて保証する。英国風ガーデン付きのカントリーハウスだ。地元の方の協力も得て、最新の研究環境も用意した。日本にいた頃とは比べ物にならない、世界でここにしかない機材が揃っている」

「そういう問題では……」

「そうだね、私だってお金や環境の話をしたいわけじゃない」

 先生はそう言うと、静かに黙り込んだ。

 電話口の向こうから、先生の息遣いが聞こえてくる。まるで怪我の痛みにじっと耐えながら、誰かの助けを待っている人の息遣いだった。

 私だって、できることなら助けてやりたい。

 でも今は二年前とは状況が違う。私には私の生活があるし、大切な人もいる。

「どうだい? 考え直してくれないか? あの子には君が必要なんだ」

「私でなくても――」

「君でなければ駄目なんだ。私はこれからしばらく手が離せなくなる。その間、私の代わりに、あの子を傍で見守れる人が要る。私が信頼できて、あの子をよく知る人物が必要なんだ」

 先生の言葉には、並々ならぬ熱意が籠っていた。先生の真剣さ、あるいはその奥にある必死さは十分に伝わってきたし、その覚悟も感じ取れた。それでも今の生活をすべて片づけて、シンガポールに行く勇気は持てなかった。せっかくここまで頑張ってきたのだ。私は私なりに調べたし、原因を解明しようとしてきた。私があの子の人生に関わっているという事実は、受け入れるのに、それはもう本当にたくさんの、二年という月日以上の時間がかかったが、今の私は、知らされていなかったなんて言い訳をするつもりは一切ない。あの子の人生を少しでも良い方向に導けるのなら、私は私の人生を懸けて治療法を見つけ出すつもりだ。私の設計したガイドRNAが原因なら、この問題はきっと私にしか解けない。

「君ほどの知識と能力を持った研究者が、まさか、助けたくないと言っているわけではないんだろう?」

 助けたくない? そんなわけない。私に関係ないと割り切れていたら、そもそもこんなに悩んでいない。

 でも先生は知らないんだ、私がまだ諦めていないことを――。

「少し、考えさせてください」

 私はそう言って、電話を切った。

 分かりました、と即答はできなかった。

 乾いた秋風が吹き抜ける。

 通りを行く人々は皆楽しそうで、清々しい秋の休日を満喫しているようだった。

 この通りを行く人の何人が、この国で遺伝子操作された赤ちゃんが誕生していることを知っているのだろうか。中国でデザイナーズベイビーが誕生したことは知っていても、まさか日本でもそれが秘密裏に行われていたなんて、そんな話、一体、誰が信じるだろうか……。

 事の重大さに気付くほどに、なにが正しい選択なのかが分からなくなる。

 テーブルの上の珈琲を啜ると、いつの間にか冷めていて、美味しくなかった。

 

 どうしよう……。

 本当に、私はどうすればいいのだろう?

 私の前には今、二つの道がある。

 シンガポールに行って、あの子の傍で治療法を探る道。

 そして今の職場で働きながら、空き時間で理論上の検討を続ける道――。

 

 とその時、横から声がかかった。

「お待たせ」

 見ると、背の高い男の人が立っていた。

 その顔を見た途端に、なんだかほっとする。

「新見さん……」

 彼は東京医科歯科大でポスドクをしている、私よりも二つ年下の研究者だ。いつ見ても線が細くて、ひょろひょろと手足が長い。今日もいつものように前髪を真ん中で分け、細い眼鏡をかけていた。彼とはちょうど富田先生がシンガポールへ渡った後、共通の知人を介して知り合った。彼の専門は生命情報科学。生命を情報として扱う人だ。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない」

「あのさ、君が言ってたプロテウス症候群だけど、面白い論文を見つけたんだ」

「へぇ、どこから取ったサンプル?」

「ちょっ、ちょっと待ってて。コーヒー買ってくるから」

 彼はそう言って、お店に入っていった。

 その後ろ姿がちょっとだけ頼もしい。

 彼は少し臆病ではあるが、優しいし、誠実な人だ。童顔なのに、頑張って男らしさを出そうとしているところも、見ていて可愛い。私が唯一、気を許せる人――彼といると、少しだけ元気が湧いてくる。

 

 いや、考えるまでもないか――。

 

 私は持っていたスマホをテーブルの上に置いた。そして店内で会計の列に並ぶ彼を横目に、緩んだ頬を冷めた珈琲で引き締めると、クリアファイルに挟まれた書類に手を伸ばした。

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