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Photo by JB_Bandit

【第2回】企業産と自然交配

 世の中には二種類の人間がいる。企業産とそれ以外の人間だ。

 企業産とは、遺伝子操作によって人工的に作られた人間のことで、それ以外とは、自然交配によってできた人間のことだ。

 僕は企業産、彼女はおそらくそうではない。

「三時から面談の予約をしてる柴崎です」

 僕がそう言ってIDカードを差し出すと、彼女はむすっとした顔のまま僕のIDを手に取った。

 顔はふっくりと丸く、顎の肉が弛んでいる。まつ毛は上がり、目ははっきりと大きいが、目元、口元が溶け出したバターのように垂れていた。化粧をし、制服も整っているが、全体的に覇気がない。

 円形に囲まれたカウンターの向こうで、彼女は僕のIDをスキャナに読み取らせる。画面を見て僕がGMCだと分かったのだろう。彼女は愛想の一つもなしに仮のIDカードをくれた。

 彼女が企業産ではない理由――それは、彼女の僕ら企業産に対するあからさまな嫌悪だけではない。彼女は化粧で誤魔化しているが、おそらく僕よりも年上、もしかしたら四十に近いかもしれない。一番最初の企業産人間は、フジサキ法が改正された四十三年の翌年に生まれている。つまり、六十八年の今年、二十四歳ということになる。僕が今、ちょうど二十四歳。僕より年上は企業産ではない。

 僕は彼女に礼を言って、カウンターの奥にある通路へと進んでいった。

 企業産と言うと、人間じゃない、まるでロボットのように思う人もいるかもしれない。でも僕は、れっきとした人間だ。肺で呼吸するし、言葉だって喋る。お腹が空けば口から物を食べるし、排泄だってする。眠くなれば眠るし、性欲だってある。酷いことを言われれば傷付くし、嬉しいことがあれば飛び跳ねるほどに喜ぶことだってある。それでも、世間は僕ら企業産に冷たい。それこそAIロボットと対話しているかのように僕らをぞんざいに扱ったりもする。それが企業産の宿命だと言われればそうなのかもしれないが、彼女だけではなく、きっと皆の頭の中に、遺伝的に優秀な僕らに対する嫉妬があるんだと思う。子供が大人に対して『ずるい』と思うあの感覚だ。

 2044年、この国で初めて生まれた企業産人間は、先天的な遺伝子疾患を遺伝子操作によって治療した人間だったと聞く。その頃はまだ、遺伝子操作を施した受精卵を母親の子宮に戻す方法をとっていて、生まれてくる子供は企業産というよりも、自然交配によって生まれた子供に近かった。ただほんの少し、元々生まれてくる予定だった人間とは違う別の人間が誕生したと、それだけの差だ。だから世間も病気を治すためだったら仕方ないと、そういう見方が一般的だった。それに、当時の遺伝子操作にかかる費用はとんでもなく高額なものだったから、それができるのは一部の限られた富裕層だけで、その数も自然出生の子供と比べて圧倒的に少なかった。世間的には、どこか遠くの山で鳶が鷹を生んだらしいと、その程度の話だったんだろうと思う。

 ところが2045年、アメリカで、人工筋肉技術を応用した人工子宮から、世界初の人工胎児が生まれると、状況は変わってくる。完全なる人工的環境で、しかも遺伝子を操作された受精卵から一人の人間が誕生したのだから、驚かないはずがない。このニュースは瞬く間に全世界を駆け巡り、この国でも「遺伝子操作で好きなように外見を変えられるらしい」、「足が速くなったり、怪力の人間が生まれてくるらしい」と、様々な噂が飛び交った。そうして遺伝子を操作して好みの外見や能力が持てるようになったらビューティコンテストはどうなる、オリンピックはどうなると、人々は漠然とした不安や妄想を募らせていったのだ。

 そして2050年、この国で遺伝子操作されて生まれた最初の子供達が小学校に進学するようになると、世間の不安は現実のものとなる。五十メートル走では、六秒台で走る小学一年生が登場し、算数の授業では、三桁同士の掛け算をすらすらと口にする新一年生が現れた。メディアは面白がって彼ら彼女らを取り上げ、それを知った世間は、感心とともに幾ばくかの嫉妬と親への反発を覚える。こうして徐々に、企業産の人間に対する世間の警戒と風当たりは強くなっていった。学校でのイジメの対象が、それまでの『ちょっと変わった変な奴』から『企業産人間』へと変わったのだ。

 

 突き当たりの硝子扉の前で立ち止まり、壁に埋まった認証カメラにカードを照らす。けたたましいブザー音が鳴って、扉のロックが解除されると、僕は硝子扉を手前に引いて、その場でしばし立ち止まった。

 目の前に長い通路が伸びていた。人気はなく、薄暗かった。大声を出せば、それが突き当たりの白い外光まで一直線に吸い込まれていくような静けさだった。のっぺりとしたビニル床には天井の蛍光灯が白く反射し、通路の両脇には、同じ形のスチール扉が通路の端まで続いていた。

 何度訪れても冷たい感じのする場所だった。その空気も、地下にある霊安室の扉を開けた時のようにひんやりと重苦しい。一切の感情が排除された閉鎖的な空間とでも言おうか。ここでこうして眺めている分にはいい。整っていて、清潔で、何も言うことはない。でも一歩足を踏み入れると、一気に僕もその一部になる。そこはなんだか肌寒くて、息苦しくて、そして溜息が出るほどに虚しい。だからだろう。僕はいつもこの一歩を躊躇ってしまう。

 僕は受付の彼女に振り返った。彼女は椅子から立ち上がって、たった今エレベーターから降りてきた新しい訪問客に対応していた。何度もお辞儀をしながら、にこにこと愛想よく案内する笑顔は、僕の時とは大違いだ。彼はきっとうちのお得意様なのだろう。その手にある手提げ袋には、人工筋肉を製造する企業『アステック』のマークが見えた。

 そんなもんだ――彼女は自然出生、僕は企業産。彼女には遺伝的疾患の可能性が依然として残っていて、僕にはそれがない。生まれながらに優劣の決まったこの世界で、どうして遺伝的に優れた者に配慮する必要があるだろうか――。

 僕は気を取り直して硝子扉を通り抜けた。

 再び、ブザー音が鳴って、背後で扉が施錠される。

 僕は深呼吸で胸の高鳴りを落ち着かせると、冷たい足音を響かせて通路を進んでいった。

 

 ここは第一研究棟、十七階、生態遺伝学応用研究科――ヒト染色体のどの遺伝子がヒトのどういった行動や生理、そして形態に影響するのかを研究している部門だ。

 2000年代の初めにヒトゲノムの全DNA配列が解読されてから、僕らは神の領域に足を踏み入れた。ヒト染色体のどこにどんな遺伝子が存在するのかを知り、それらを切り貼りして変更する術を見つけたからだ。二十年代後半から三十年代にかけて、今度はそれら遺伝子がどんな役割を持っているかの機能解析が行われると、どの遺伝子をどのように変更すれば、例えばガンになりにくいだとか、骨が折れにくいだとか、短い睡眠時間でも大丈夫だとかが分かってきた。病気や体質だけではない。個人の性格や志向など、それまで遺伝の影響はそれほど大きくないと思われてきたことさえ、生まれる前から改変することが可能になったのだ。四十三年にフジサキ法が改正された時には、こんなこと、誰も想像していなかったと思うが、五十年代前半には、ヒトゲノムの機能解析はほぼ完了していたと何かで読んだことがある。そのおかげで、僕らは、身長、体重、肌の色といった容姿から、筋力、持久力、記憶力、集中力といった能力まで、生まれる前から自由に選べるようになったわけだが、その操作された遺伝子が、発育後も安定して存在し得るかどうかはまた別の問題となる。だから僕らGMCは、成人後も継続した定期健診が義務付けられている。ここは言わば、そういう追跡調査を行っている専門の研究機関でもあるのだ。

 僕は一つだけ他と違うスチール扉の前で立ち止まった。

 その扉には大量のステッカーが貼られていた。トイレのマーク、炎のモンスター、可愛らしいキャラクターシールやドクロのマークから、プロ野球チームやロックバンドのロゴまで、ありとあらゆる色とりどりのステッカーが扉の中央付近にびっしりと貼ってあった。これらのステッカーは、ここで面談を受けるGMCが面談を受けに来る度に貼ったものだと聞いたことがある。もちろん僕も貼った。でも僕は一回貼っただけで止めてしまった。それをしたら剥がすのが大変だろうと思ったからだ。でもそれは僕の杞憂だったらしい。見ての通り、扉はステッカーで埋め尽くされたままだ。

 一度流れのできた川を堰き止めるのは難しい。誰かがバケツ一杯の水を流し、そこにまた別の誰かが水を足す。最初は誰も川を作ろうなんて思ってやしない。ただ面白いから、なんとなく皆がそうしているから、それぞれ水を足す理由は違うだろう。でもそれが一度川になってしまうと、誰にもそれを止めることはできない。

 2050年、五十メートルを六秒台で走る小学一年生が登場した年、この国の人口は9000万人を切った。そのうちの約半分が七十歳以上の高齢者、二十五歳以下の若者に至っては500万人しかいなかった。人口減少による税収の低下、地方行政の機能不全、警察組織の汚職、相次ぐ学校閉鎖――。この年の政府発表の合計特殊出生率は0・2を割り、長期債務残高は2000兆円を超えた。

 誰かがこの国はもう終わりだと言い出した。誰かが国外に移住した方がいいと言い出した。国外に移住した者は、そこでの生活がいかに素晴らしいかを発信しだし、それを知った若者は、彼ら彼女らを真似て外へ出ていった。そうしてこの国の若者人口はますます減っていった――川が流れだしたのだ。

 こうなると、もう誰にも止められない。テレビやインターネット、仮想空間のメディアは、一斉に犯人捜しを始め、誰が悪い、何が悪いと文句を言う。こうすればよかった、ああすればよかった。五年後にはこうなる、十年後にはこうなる……。人々は将来を案じ、不安を募らせた。一部の人間は疑心暗鬼に陥り、彼らにとっての悪者を攻撃し、排除した。その結果、人々は身を守るために結束し、様々な団体を作り始めた――高齢者の集まり、企業産人間の集まり、子供を持つ親の集まり、外国にルーツを持つ人々の集まり、この国に残ることを選択した若者たちの集まり……。こうして人々が分断されていく状況の中、ついに内閣府は『企業がヒトを作ること』を強行採択する。つまり、国が企業に対し、それまで主流だった先天性疾患の治療目的の遺伝子操作から、機能優先のより積極的な人工胎生へと方針の切り替えを求めたわけだ。誰も子供を作ろうとしないこの国では、国が子供を作るしかなかったのかもしれない。

 そして2068年現在――企業は国から莫大な資金援助を受けてヒトを生産している。その数は、年間七千人から一万人とも言われている。狂っていると思う人もいるかもしれないが、人口が8000万人を切ったこの国では、それが現実だ。マックスジーン、武蔵テック、ヒューマンインテリジェンスアカデミー。様々な企業が生まれ、ヒトを生産し始めた。僕の働いている『スマートジェネティクス』はこの業界のナンバーワンだが、それぞれに強みはある。マックスジーンは運動系に強く、武蔵テックは美容系に強い。ヒューマンインテリジェンスアカデミーは免疫系に強く、うちは記憶・知能系に強い、といった具合に。

 もちろん、個人でも受精卵の遺伝子操作を委託することは可能だ。その場合、高額な費用が発生するが、個人での申し込みは年々増えているらしい。生まれてくる我が子に、少しでも、外見的魅力や身体的才能を付与したいと願うことは、親として当然のことなのかもしれない。特に将来、その子に官僚や医者、弁護士といったいわゆるエリート職に就いて欲しいと考えているなら、その子は常に企業産と比べられ、企業産と競争しなければならない運命にある。ある程度の遺伝的才能を持っておいた方がいいと考えるのは理に適っている。

 僕は扉に貼られたドクロのステッカーにそっと触れた。

 それは目の穴や口の穴から数匹の蛇が顔を出している絵で、撫でるとぼこぼこと凹凸があった。

 この世界は狂っている――。

 ちょうどこのドクロのように、誰もが頭の中に蛇を飼っていて、それらが外に出てこないように目を瞑り、口を閉ざす。背後には常に、黒いフードを被った死神が立っていて、生まれる前から決められた道を歩かせられる。道を逸れれば頭を小突かれ、逃げ出せば、研ぎ澄まされた死神の鎌が一振り、背後から疾風のようにやってくる。

 この世界は狂っている。

 狂っているが、誰にもそれを直せない。皆がそれぞれにバケツ一杯の水を足し続けているのだから。

 ドクロのステッカーから指を離し、壁にある名札に触れる。

 金属に触れるように固く冷たいそれには、『早見凛太朗』の文字が刻まれていた。

 この扉の向こうには、幼少の頃から僕のことを知っている人物が待っている。何もかもが狂っているこの世界で、おそらく一番、平然悠々としている人だ。

「失礼します」

 僕はスチール扉をノックして扉を開けた。

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