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Photo by Whisk

サバラッキ

「お前、サバラッキって知ってる?」

 ファミレスでの食事中、タツオは真顔でそう言った。

 部活終わりの午後三時。冷めた鉄板の上にはコーンとブロッコリーの残骸が転がり、追加で頼んだポテトもテーブルの上ですっかり冷たくなっていた。食べ放題のライスを三度もおかわりしたコンチとハッスンは、ドリンクバーから取ってきたドリンクを半分以上残したまま、テーブルに伏して眠っている。いつもより多く走らされたせいか、全員が疲労困憊で、気だるさだけがテーブルの周囲一メートルに停滞していた。

 九月に行われた全国高校サッカー選手権大会の予選は、一次予選で格上の強豪校相手に敗退。それまでチームを引っ張ってきた三年は引退した。タツオら二年が主軸となって迎えた先月の新人戦では、前半を一点差でリードしていたのにもかかわらず、後半にスコアをひっくり返されて逆転負け。悔しさを消化できずにいたタツオらは、練習に身が入らず、コーチからしばしば注意されていた。

「鯖でラッキーみたいな?」

 スマホを眺めていたヨシミチは、タツオの方を見ることもなくそう言った。

 画面には、ヨシミチが密かに思いを寄せている女の子、真田リリのSNSが開いてあった。真田リリとは一年の時に同じクラスだった。今は違うクラスだが、文化祭の時に連絡先を交換して以来、こうしてたまに彼女のSNSを覗いていた。ただ、二人は相互フォローの関係にはない。彼の気持ちと同様に、ヨシミチだけが彼女をフォローしていた。

 するとそこへ、コンチが顔を上げた。

「茨城なら知ってる」

 コンチは目を隠すほどに伸びた前髪のすき間からタツオを眺めていた。面倒くさいのか、腕の上にあごを置いたまま、顔だけをタツオの方に向けている。

 するとその声に、今度はハッスンがむくりと起き上がった。

「皿がバッキーンって割れたとか? サラバッキーンって」

 ハッスンは傍にあったグラスを手に取ると、それをごくごくと飲み干した。氷が解けて薄くなったメロンソーダが、高校生にしては大きな体に吸い込まれていく。

「違えよ、サバラッキだって」

「んじゃ、去らば! とか?」

「だからサバラッキだっつうの! しかも、キ、どこ行った? キは?」

 

 タツオが言うには、『サバラッキ』とは、今現在、SNSで流行しているハッシュタグらしい。

 ハッシュタグは、SNSで投稿する際に、キーワードやトピックを分類するために使われるものだ。洋服の写真とともに『ファッション』とタグ付けして投稿すれば、それがファッションに関するものだと分かるし、今年のファッションを探している人間からすれば検索がしやすい。だからSNSで流行するハッシュタグは、そういう投稿内容とハッシュタグが一致した分かりやすいものである場合が多いが、この『サバラッキ』に関しては、出どころはもちろん、どういった意味なのかさえ分かっていなかった。それでも事実として、『サバラッキ』はエックスやインスタなど、異なるSNSをまたいで流行している。そしてその理由が奇妙だった。

 

「サバラッキってハッシュタグに付けて投稿するだけで、誰でもラッキーになれるっぽいよ」

「嘘だろ?」

「いやほんと。これ見て」

 タツオが差し出したスマホには、『ありがとうサバラッキ』とハッシュタグの付いた幸運報告がずらっと並んでいた。スタバのホイップがいつもより多かったと喜ぶ投稿から、推しのライブ抽選に初めて当たった歓喜の投稿、万馬券の画像まで色々あった。タツオが画面をスクロールすればするだけ、途切れることなくどんどんと新しい投稿が表示される。

「これガチ?」

 コンチは疑っていたが、タツオの目はカブトムシを見つけた少年のようにきらきらと輝いていた。

「いやだからよ。試してみる価値はあると思う」

「は?」

「俺ら、運がなかっただけだと思うんだよね。だってコンチが打ったシュート、二回ともバーだったじゃん。しかも最後の一点は、あれ絶対、オフサイドだった」

「たしかに……」

「だろ? 実際、あの試合、俺らのがボール持ててたし、シュートも打ってた。でもカウンター一発、ドーンって。しかも線審、遅れて走ってたし。あれでゴール認められるとか、もう完全に運だろ? 俺らには運がなかったんだよ」

 タツオが言うと、皆は黙り込んだ。

 新人戦の一回戦で敗退したのは、青嵐高校サッカー部の創設以来、タツオらが初めてのことだった。試合後、コーチはタツオらのプレーを叱責し、結果を耳にした三年はひどく失望した。三年はサッカー部創設以来初めての全国大会出場も見えてくるほどの実力者揃いで、タツオらにとっては、憧れの存在でもあった。その三年に失望されて、悔しくないわけがない。単純に自分たちが相手よりも下手だったというのはもちろんあるが、不名誉な敗戦を運のせいにしたい気持ちは、この時、誰の胸にも少なからずあった。

「やってみればいいんじゃね?」

 ハッスンが言った。

「じゃまずは新キャプテンから」

 コンチが言った。

「いやいや、そこは快速ウィンガーのコンチャンからお願いしますよ」

「だって。ハッスン」

「は? まず言い出しっぺだろ?」

「えー、俺? 嫌だよ」

「なんでだよ! ラッキーになれんだろ?」

「いやでもさ、たとえば、ちっちゃいラッキーしか起きなくて、あとででっかいアンラッキーが来たらどうする?」

「なんでそうなるんだよ?」

「だってそんなうまい話、普通ないだろ? 反動っつうかさ、なんかありそうじゃね?」

「もしかして、お前、俺らにやらせようとしてた? おい、ヨシミチ! お前の幼なじみ、地味にエグいことしてんだけど!」

 ハッスンがそう言った時、ヨシミチは初めてスマホから顔を上げた。

 その顔からは血の気が引き、目の焦点が合っていない。

「お前、どうした?」

「オワタ……」

 ヨシミチはそう言うと、スマホをテーブルの上に置いた。

 その場にいた全員が心配そうにヨシミチを眺める中、ヨシミチのスマホから若い男女の笑い声が聞こえてくる。

「これ、真田?」

「っぽいね」

「え、山木と付き合ってんの?」

「おい、やめろ」

「えっ? てか、サバラッキって付いてんじゃん……」

「はい、終了! おしまい! 帰ろ帰ろ」

 ヨシミチは静かにテーブルに突っ伏すと、ハッスンの呼びかけに答えもせず、そこからしばらく動くことはなかった。

 

 

 その夜、ヨシミチは『サバラッキ』について調べてみることにした。タツオらが話していたからというよりも、真田リリが投稿に使っていたからだ。もし本当に『サバラッキ』が幸運を運んでくるハッシュタグだとしたら、彼女はあの動画に何らかの幸運を願っていたことになる。それはおそらく、動画に映っていた山木との関係がうまくいくようにとか、これからもずっと一緒にいようねとか、そういうことなのだろうとヨシミチは考えた。その状況を想像すると悲しくなるが、逆に考えれば、二人はまだ付き合っていないことになる。なぜなら動画の中の山木は妙によそよそしかった。微妙な距離感というか、初々しいというか、仲の良い恋人同士と言うには少し物足りない印象だったのだ。つまり彼女は山木との関係を進展させたいから『サバラッキ』と付けた、そうも考えられる。そしてそれは、ヨシミチが二人の間に割り込む余地がまだあることを意味した。

 

『みんないいなあ 神様 うちにもラッキーめぐんで #サバラッキ』

『ラッキー ラッキー #サバラッキ』

『仕事で行った地方のホテルにて。先方の予約ミスが発覚して無料で部屋をグレードアップしてもらえた。これってもしかして、、、 #サバラッキ』

『いや俺も信じてなかったよ でもおまえらこれ見ろ #サバラッキ すげえ』

 画面をスクロールすると、投稿はどんどんと表示された。その中でも添付された万馬券の画像は信憑性を高めるのに十分なインパクトだった。もちろん『サバラッキ』とタグの付いた他の投稿にも嘘だと言い切れるものはない。どれも驚きや感謝の幸運報告だ。

 

 これだけたくさんの幸運報告があるということは、サバラッキのおかげで幸運に恵まれたと考える人は相当数いるのだろうと、ヨシミチは思った。たとえ、この中の何割かが釣り投稿だったとしてもだ。

 さて、どうする?

 仮にやってみて、何も起きなかったら、それはそれでいい。

 でもやってみて、真田さんとの距離が縮まるのなら――ヨシミチはごくりと生唾を飲み込んだ。

 ならば、やるしかないだろう。

『落ち込んでてもしょうがない なんかいいことあるといいな #サバラッキ』

 ヨシミチはそうエックスに投稿すると、一階のスマホボックスにスマホを入れた。

 期待はしていない。フォロワー数二十二人の弱小アカウントだ。何か起きるとは思えない。

 ヨシミチは二階にある自分の部屋に戻ると、ベッドの上で真田リリのことを考えながら、その日は眠りについた。

 

 

 翌朝、ヨシミチは、一階のスマホボックスに入った自分のスマホを取り出して驚いた。画面に見たこともない数の通知が表示されていたからだ。寝起きで真っ白だった脳に一瞬で色が戻るように通知を確認すると、それらはすべてエックスからのもので、タツオやコンチなどサッカー部の仲間から「いいね」されている中、リリからも「いいね」されていることに気が付いた。

「えっ?」と、小さな戸惑いが口からこぼれ出る。

「これって……、もしかして……」

 まるで街中で憧れの有名人とばったり出くわしたような衝撃だった。遠い存在だと思っていたリリが「いいね」をしてくれている、しかも「いいね」ばかりか、リリからフォローまでされていたのだ。

 理解が追いつかないヨシミチは、寝巻姿でスマホを持ったまま、しばらくの間、ぼうっと突っ立っていた。

 

 

 学校に着いたヨシミチは、すぐに皆に報告した。

「真田さんがフォローしてくれた」

「嘘だろ?」

「本当」

 ヨシミチが画面を見せると、皆は驚きの声を上げた。

「マジかよ……」

「てか、お前、サバラッキやったの?」

「サバラッキ、効いてんじゃん」

「え、お前だけズルくない?」

 

 その日から、皆もサバラッキ投稿をやり始めた。すると信じられないことに、本当にその効果が現れ始めた。

 コンチは、欲しかった限定スニーカーの抽選に当たった。

 ハッスンは、先輩からもらった過去問が当たり、留年のかかった追試を無事にパスした。

 ヨシミチは、あの投稿以来、リリと話す機会が増えて、学校に行くのが楽しみになった。

 もちろんそれらがすべて『サバラッキ』のおかげだと断言することはできない。しかし彼らの中で何かが変わったのはたしかだった。ヨシミチは間に合わないと思っていたバスにちょうどのタイミングで乗れたことを皆に報告した。コンチはコンビニのくじで三等が当たったことを報告した。そしてハッスンは授業が早く終わったと喜んだ。それぞれが幸運報告をし合ううちに、彼らはそれまで見過ごしていた小さな幸運にも目が行くようになっていたのだ。小さな幸運の発見は、彼らをより明るくし、周りにもポジティブな雰囲気を作り出す。すると周りも小さな幸運を見つけ始める。幸運の伝播だ。

 ただ、そんな中、タツオだけが幸運に巡り合えていなかった。タツオは毎日欠かさずにサバラッキ投稿を繰り返していた。時には朝と夜に連続して投稿することもあった。それでもラッキーな出来事は起きなかった。周りを見れば、ヨシミチやコンチ、ハッスンまでもが楽しそうに会話をしていた。タツオはそんな彼らを羨ましく思い、自分だけがラッキーな出来事に出会えていない状況に苛立ち、落ち込んでいた。

 そんなタツオの状況を、ヨシミチたちが感づかないわけがない。タツオは何も言わなかったが、おそらくまだラッキーに出会えていないのだろうと、誰もがそう思っていた。そういう状況で、コンチが突拍子もないことを言い出したのは、ある意味、必然だったのかもしれない。

 

「今日のタツオ、神セーブ連発してたな」

 部活終わりの夕暮れ時、汗と砂の匂いが立ち込める部室でハッスンが言った。

「そう?」

 タツオは浮かない顔で短く返した。

「まじで神だったわ。サバラッキのおかげだな!」

 ハッスンが言うと、タツオは何も言わずに着替えを始めた。

 タツオは明らかに落ち込んでいる。しかし誰もどう声をかけたらいいか分からない。

 するとそこへ、後輩の一人が口を挟んだ。

「蓮見先輩、いいっすね。僕、まだラッキーもらえてないです」

「そりゃお前、努力が足りねえんだよ」

「努力っすか?」

「サバラッキの神様はちゃーんと見てるから。なあ、ヨシミチ」

「うん、見てるよ」

「マジすか?」

 その時だった。後輩も交えて皆で笑っているところに、隅のベンチでスパイクを脱いでいたコンチが言った。

「でもさ、ハッシュタグ投稿だけでこんなにラッキーになれんならさ、鯖の画像を投稿したら、もっとラッキーになれんじゃないの?」

 その言葉に、タツオはぴくりと耳を向けた。

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© 2014 riouda

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